オリンピアンの人間力
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OAJインタビュー

オリンピアンの人間力

OAJインタビューではそのまなざしの奥に潜在するオリンピアンの人間力(ちから)に迫ります。

【第18回】

大澤明美さん

1998年長野
(カーリング)

頭脳的な要素を備えるスポーツとして、日本でも人気が高まりつつあるカーリング。オリンピックのメダルにこそ届いていないものの、毎回期待の種目に挙げられている。カーリングがオリンピックの正式種目となったのは、1998年の長野大会からである。そこには、競技を始めてわずか6年という選手が立っていた。その選手、大澤明美(旧姓・丹羽)の近況と、カーリングの魅力について聞いた。インタビュアー:五味亜矢子(体育施設出版)


【第17回】

荒川静香さん

2006年トリノ
(フィギュアスケート)

荒川静香が「イナバウアー」に象徴される見事な演技で金メダルを獲得した2006年トリノオリンピックから4年。当時の熱狂と興奮は今も多くの人々の脳裏に焼きついている。彼女にとって金メダルはあくまで「結果」。オリンピックの頂点にたどり着くまでの「過程」の方が、圧倒的に大きな意味を持つという。インタビュアー:元川悦子(ライター)


【第16回】

黒岩彰さん

1984年サラエボ 1988年カルガリー
(スピードスケート)

世界一の実力を持ちながら、オリンピックの金メダルには縁がなかった。 しかし彼は「勝者を思い切り祝福できた」と振り返る。それは負け惜しみではなく、“やるべきことはすべてやって臨んだ”という自信と誇りがあるから。目標を達成するためにできる限りのことをする。インタビュアー:広報スタッフ


【第15回】

冨田正一さん

1960年スコーバレー
(アイスホッケー)

ここに、冬季スポーツの分野で日本と世界をつなぐのに欠かせない人物がいる。 疎開時代に受けたいじめの経験、アイスホッケー界において東京出身者であること、そして世界のアイスホッケー界における日本の立場、常にハンディキャップを背負う場に居合わせながら、それを人生のプラス材料にしてきた冨田正一。 どんな時でも逃げずにチャレンジすること。 彼の72年の人生は、そのことの尊さを教えてくれる。インタビュアー:広報スタッフ


【第14回】

中島寛さん

1972年ミュンヘン
(フェンシング)

「オリンピック出場はスポーツマンとしての義務」と語る中島は、一度引退した3年後、見事にオリンピック出場を果たした。
ヨーロッパが発祥の地であるフェンシング競技で世界と戦う中島にとってオリンピックとは何か聞いた。インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学准教授)


【第13回】

野口みずきさん

2004年アテネ
(女子マラソン)

オリンピックで金メダルを取ることがゴールなのではない。
身体がこわれるまで走り続けることが目標だという野口みずきにとって、今はまさに夢の途中だという。最高の自己表現の場として北京五輪でのメダル獲得に向け、今野口は全力で夢に向かって駆け抜けている。インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学准教授)


【第12回】

上野由岐子さん

2004年アテネ
(ソフトボール)

 「信頼関係」とはどのように築かれるのだろうか竏衷落qソフトボール日本代表である上野由岐子は、アテネオリンピックで与えられた大切な宿題を、今ゆっく りと完成させようとしている。ソフトボーラーにとって最後のオリンピックとなるかもしれない北京大会で、日本が金メダルを獲得するために…。インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学准教授)


【第11回】

伊調千春さん

2004年アテネ

吉田沙保里さん

2004年アテネ

伊調馨さん

2004年アテネ

浜口京子さん

2004年アテネ
(レスリング)

攻撃性、パワー、スピード 近代スポーツは「男らしさ」を象徴し、メディア・スポーツ(メディアによって伝えられるスポーツ)は男性中心の文化と言われてきた。しかしながら、アテネ 大会から新たに加わった競技、女子レスリングの4人のメダリストたちは、これまでとは異なった「新たなスター性」を持っている。インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学准教授)


【第10回】

中村佳央さん

1996年アトランタ

中村行成さん

1996年アトランタ,2000年シドニー

中村兼三さん

1996年アトランタ,2000年シドニー
(柔道)

3人の兄弟が同時にオリンピックに出場のは奇跡的な出来事だ。国内最高峰の実力を備えなければならないこと以外にも、年齢が離れ過ぎていないこと、体格の違いがあるなど様々な条件さえ乗り越えて、彼らは3人分の大きな夢を実現したのである。 インタビュアー:広報スタッフ


【第9回】

小掛照二さん


(陸上・三段跳び)
1956年メルボルン

“栄光と挫折”とよく言われるが、この一対の言葉は小掛照二の人生を描写するのに最も適した言葉となりうるだろう。世界新記録樹立という栄光を手中に収めながらも、その4年後にはユニフォームとスパイクを燃やし陸上界を去る決意をした。一度すべてを捨てた小掛だからこそ見える、オリンピックの未来がある。 インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学准教授)


【第8回】

鈴木大地さん&森田智己さん


(競泳・背泳ぎ)
鈴木さん:1984年ロサンゼルス、1988年ソウル
森田さん:2004年アテネ

ソウル大会で日本競泳界16年ぶりの金メダリストとなった鈴木大地。現在、同じコーチに師事するアテネ大会銅メダリストの森田智己。ともに背泳ぎのトップ選手として、違う時代に生きながらオリンピックに対する熱い気持ちは同じ。20年の時を経てオリンピックという舞台に挑む、二人のオリンピック観を聞いた。 インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学助教授)


【第7回】

河野孝典さん


(スキー・ノルディック複合)
1992年アルベールビル
1994年リレハンメル

アルベールビルオリンピックとリレハンメルオリンピック。冬季オリンピックが2年の間隔で開催された2度の大会で、「ノルディック複合(コンバインド)」という競技に日本全国の視線を集めた立て役者の一人、河野孝典。初のオリンピックで団体戦金メダルを獲得しながら、当日までメダル獲得という意識は全くなかったという彼の“飛躍”は、貴重な出会いと自らの向上心によってもたらされたものだった。 インタビュアー:高橋利枝氏 (立教大学助教授)


【第6回】

森田淳悟さん&中田久美さん


(バレーボール)
森田さん:
1968年メキシコシティー、1972年ミュンヘン
中田さん:
1984年ロサンゼルス、1988年ソウル、1992年バルセロナ

メキシコシティー大会銀メダリストであり、ミュンヘン大会金メダリストの森田淳悟、そしてロサンゼルス大会銅メダリストの中田久美。日本男子バレーの全盛期を支えた森田と、15歳で全日本入りし、セッターとしてチームを牽引した中田が、オリンピックの思い出や、現在の全日本チームに対する思いを語った。 インタビュアー:広報スタッフ


【第5回】

横山謙三さん


(サッカー)
1964年東京、1968年メキシコシティ

ドイツで開催されているサッカーのワールドカップは、日本国内でも大いに盛り上がりを見せている。日本代表は3大会連続の出場。今や“常連国”とも言えるほど力をつけてきた成長の礎には、1960年代の2度のオリンピックでの活躍があり、その日本サッカー界の黎明期に一人の指導者に見い出され、無縁だと思っていたオリンピックを無我夢中で戦った横山謙三がいた。彼は出会いと時代のいたずらによって、伝説のGK(ゴールキーパー)となった。 インタビュアー:広報スタッフ


【第4回】

平松純子さん


(フィギュアスケート)
1960年スコーバレー、1964年インスブルック

戦後育ちの第一世代としてのオリンピック出場。海外遠征もままならない中で感じた世界との環境の差を縮めるべく、競技生活引退後もフィギュアスケート界に尽力してきた。スコーバレー大会に初出場した上野純子の足跡は、オリンピック初の金メダリストを誕生させたトリノ大会までの長い道のりの中に、確実に記されている。 インタビュアー:広報スタッフ


【第3回】

猪谷千春さん


(スキー・アルペン)
1952年オスロ、1956年コルチナ・ダンペッツォ、1960年スコーバレー

猪谷さんはスポーツ選手としても、ビジネス界においても類ない成功を収められた方ですし、また、現在はIOC副会長としてオリンピックの将来を決める重要な立場にいらっしゃいます。今回は猪谷さんの人生の軌跡をたどりながら、「猪谷千春」という1人の人への理解を深めるとともに、ビジネスにおけるグローバルスタンダードの問題や、また、2016年の日本のオリンピック招致運動に関して、そして、オリンピックの持つ社会的意味などについて伺いたいと思います。 インタビュアー:高橋利枝氏
(順天堂大学講師・社会学博士)


【第2回】

渡辺武弘さん


(卓球)
1988年ソウル、1992年バルセロナ

優しさは強さを生み、静寂さは時に激しさへと変わる。渡辺さんにとって卓球とは、自分を解き放つことの出来る唯一の場である。そしてそこは、いつも人のことを気遣い、他者を優先して考え、行動する優しい渡辺さんの、誰も侵すことの出来ない唯一の「聖域」なのである。渡辺さんのまなざしの奥に「静かなる強さ」を見た。 インタビュアー:高橋利枝氏
(順天堂大学講師・社会学博士)


【第1回】

冨田洋之さん


(体操)
2004年アテネ

冨田洋之の人間力(ちから)… オリンピアンは、オリンピックへの過程、本番、そしてその後と、3度にわたって“オリンピック”に向き合います。そこからオリンピアンが得た経験や知見、そしてその根底にある人生哲学について、OAJの目的であるスポーツを通じた「世界平和」「国際友好親善」、そして、「スポーツの振興」という切り口からお話を伺い、その中から冨田さんだけが持つ「人間力(ちから)」に迫ります。 インタビュアー:高橋利枝氏
(順天堂大学講師・社会学博士)




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