選手インタビュー

平松純子さんインタビュー

平松純子さん 平松純子さん フィギュアスケート 1960年スコーバレー 1964年インスブルック

戦後育ちの第一世代としてのオリンピック出場。海外遠征もままならない中で感じた世界との環境の差を縮めるべく、競技生活引退後もフィギュアスケート界に尽力してきた。スコーバレー大会に初出場した上野純子の足跡は、オリンピック初の金メダリストを誕生させたトリノ大会までの長い道のりの中に、確実に記されている。

【トリノでの役割と新ジャッジシステム】

広報スタッフ:トリノオリンピックではフィギュアスケート、荒川静香選手の金メダル獲得、おめでとうございました。今回は、平松さんはどういった役割でトリノへいらしてたんですか?

平松:本当に良かったです。私はペア競技のテクニカルコントローラーの役目を担当してたんですよ。ISU(国際スケート連盟)の技術委員でもありますし、今回初めてJOCの役員という立場でもあったので、今までのようにフィギュアだけというんじゃなくて、選手団全体が活躍してほしいなという思いがあったから、空いてる時間はできるだけほかの種目も応援に行きました。オリンピックには選手の時に2回出て、あとはいろんな立場で関わっているんですけれど、今回はすごくまた違った、重いオリンピックだった…そこへ金メダルを取ったから、もう最高。本当にありがたかったですね。日本のフィギュアの歴史で初めてですからね。世界一には今まで3人、伊藤みどりさん、佐藤有香さんと、荒川さんもなってるんですよ。でも、オリンピックの金メダルというのは初めて、アジアでも初めてのことで、荒川さんはすごいことやってくれました。

広報スタッフ:オリンピックの世界一というのは、やっぱり違うものなんでしょうか?

平松:オリンピックの金メダルはやっぱり違いますよね、4年に1回でしょう、オリンピックはスポーツを志した人の一番の憧れというか目標にするところですから。世界選手権は毎年行われますけれど、競技者にとっては意味合いが全然違いますね。

広報スタッフ:本当にそういう歴史的な瞬間に立ち会われただけでなくて、その一つの大きな力になられたのだと思いますが。

平松:そうですね、ISUのフィギュアの技術委員は世界で5人いて、選挙で選ばれるんです。私もその立場で、今の新しい審判システムの構築から審判員への指導教育などにずっと携わってきました。

広報スタッフ:今回の採点方法の改定は、どのような経緯で行われたんでしょうか?

平松:採点方法は、これまでは技術点と表現の芸術点、それぞれの点の総合で順位を決めてたわけです。これが、ソルトレーク(2002年ソルトレークシティ大会)のペアでの審判スキャンダルを発端に、ジャッジのシステムを検討したんです。ISUが発足してから100年来続いた6点満点法だったんですよ。戦前の選手もそう、私たちの時代もそう。でも技術がずっと進んできてる中で、これでいいんだろうかということもありました。

広報スタッフ:では、このような大きな改定をすることは、今までなかったということですか?

平松:そう、本当に大革命と言っていいくらいだったんです。テスト期間を経て、今度のオリンピックは初めてその新しいジャッジシステムで行ったんですね。技術の難度を見る役員と、質や出来栄えを見るジャッジグループと二つに分かれます。私が担当したのは、技の難しさを見る側です。何の技をやったのかとか。ジャンプは回転数で難しさが決まるのと、ジャンプの種類の違い…サルコーは易しいけどルッツは難しいとか、一つずつの要素に基礎点があるわけです。スピンとステップにもレベル1から4まであって、私たちがコールしたものがジャッジのところへ伝えられます。それをジャッジは、それがどんな出来栄えだったか、-3から+3の7段階で評価するわけです。

広報スタッフ:トリノ大会は前半からなかなか日本勢の結果が出なくて、苦しんで苦しんで一番いいメダルが取れたということで、日本中が待っていたメダルという感じでした。

平松:そういう意味ではみんなが待って待って待ち望んでたメダルが、一番輝く金だったから…本当に荒川さん最高でしたね。

広報スタッフ:でも期待というか、当然取れるという予想もあったのではないですか?

平松:荒川さんは世界チャンピオンの実績もありますし、自分なりのものをちゃんと持っていて、あれだけ冷静に集中してあの場でやれたっていうのは、やっぱり実力ですよね。練習を見てても、荒川さんはいつもコンスタントにできてるから試合でもきちんとできる。担当の仕事が終わってから、会議で重ならない限り練習も見に行きました。村主さんはフリーの当日はちょっとジャンプのミスが多かったんです。でも彼女も偉かったと思いますよ、彼女の4位というのも。表彰台に乗せてあげたかった…本当に頑張りましたね。彼女も自分のスタンスをきちっと持った選手です。

広報スタッフ:金メダルを取った荒川選手だけじゃなくて村主選手の4位、それに安藤選手と男子でも高橋選手が頑張りました。

平松:安藤さんは人気のほうが先に行っちゃって、そういう面ではかわいそうだったと思いますけれども、彼女はまだ若いからこれから、これを教訓というかバネにして立ち上がっていくと思います。高橋くんも頑張りましたよね、彼も初出場でしたし。フィギュアは、安藤さんはちょっと残念でしたけど他の人はそれなりに実力を出しましたね。

広報スタッフ:新しくなった採点方法での初めてのオリンピックということでしたが、変わったことというのは日本勢にとってはプラス面マイナス面、どのようなことがあったのでしょうか?

平松:日本人だけじゃなくみんなが同じスタートラインに並んで出発したので、いかにルールを頭の中に叩き込んで、より点数を取るためにどうするか…いわゆる戦略ですね。今までは技術点も総合的に一つの点だったのが、すごく詳細に一つずつ技を評価して、その積み重ねで点数が出るわけですね。例えば同じジャンプを飛んでもプログラムの後半でやると1.1倍になるとか。だから、より多く点を取るためには、後半に基準点や完成度の高いものを持って行けばいいとか考えられる。それが失敗すると…ジャンプで安藤さんが転びましたよね、4回転サルコーのつもりでも3回転にダウングレードされてしまう。回転が少し足りないと不完全なジャンプということでまた減点になるから、3回転にして素晴らしいものを飛んだほうが+2がつくかもしれないんです。スピンにおいても、レベル4にするためには3つとか4つの特徴を取らないといけない。それも完全に2回転して維持しないと一つの特徴として取ってくれないんです。コンポーネンツポイント(芸術点)も今までは一つの点だったものが、スケーティングスキル、エレメント間のつなぎの技術、ただ手だけの表現で動いてるのか、それとも体全体を使って表現してるとか、どういうふうにパフォーマンス振り付けを行うかとか、五つに分かれる。だから選手にとってはすごいハードルが高い。荒川さんも言ってましたけど、スピンで今まで休めたのが休めなくなったって。

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