選手インタビュー

中村佳央さん 中村行成さん 中村兼三さんインタビュー

中村佳央さん 中村行成さん 中村兼三さん 中村佳央さん 中村行成さん 中村兼三さん 柔道 1996年アトランタ 2000年シドニー

柔道の中村3兄弟といえば、1996年アトランタ大会前、日本で一番有名な兄弟だっただろう。3人の兄弟が同時にオリンピックに出場する?それは、想像以上に奇跡的な出来事だ。言うまでもなくアスリートとして国内最高峰の実力を備えなければならないこと以外にも、3人の年齢が離れ過ぎていないこと、さらに1階級で1人しか代表になれない柔道では体格の違いがあること…個々の実力、努力だけでは叶わない条件さえ乗り越えて、彼らは3人分の大きな夢を実現したのである。

【遊び感覚で始めた柔道】

広報スタッフ:まず、それぞれ柔道を始められたきっかけをお願いします。

佳央:3兄弟で本当にやんちゃで、親が「人様に迷惑をかけるのではないか」と思い、母の弟にあたる叔父さんが警察官で福岡県警にいましたので、長男の私から道場に連れて行かれまして。弟2人は見学くらいの感じでしたね。

広報スタッフ:おいくつぐらいの時ですか。

佳央:私が小学校3年生だったと思うのですけれど。弟たちは1年生と幼稚園ですね。だからきっかけといえば、叔父さんが警察官で…柔道をやりたいとか、見てかっこいいからとかいうわけではなくて、半強制的でした。

広報スタッフ:道場に最初に行った時の印象は覚えていらっしゃいますか。

佳央:やっぱり緊張して行きました。道場の先生は礼儀に厳しいじゃないですか。「まずあいさつからやり直せ」とか、後輩が先輩にあいさつしているのを見て、「緊張して入ったのだけは覚えています。

広報スタッフ:行成さんはどうでしたか、初めて柔道に触れた時の印象は。

行成:印象は…弟と2人で見に行って、何かやっているなという感じです(笑)。まだ1年生でしたからね。多分2人とも、やるつもりで行ってないですよ。ただ「見に来い」と言われて行って、胴着を着せられて、気づいたらもうやっていたから。

佳央:けっこう強い道場で、谷亮子と一緒なんですよ。他にも秀島大介とか日下部基栄とかメダリストが出ている道場で、市内でも強かったので、小学校の高学年とか中学校の子と練習したりすると、こてんぱんにやられるわけです。あまり投げられないので面白くなくて、やめようかなと思っていたのですが、次男が道場内で月に1回ある試合でけっこう勝つわけですよ。それが悔しくて、「なんでこいつ勝つの?」と。なんで次男のほうが先にトロフィーをもらったり、表彰されるんだと思いながら、俺も強くならなければいかんなと思っていましたね。やっぱり弟には何か天才的なものがありましたね。

広報スタッフ:お兄さんが見ても、行成さんにはそれだけの才能があるということはわかった。

佳央:才能はありましたね。軽い割にはでかいやつにも対応できていたし。一番下の弟は本当に遊びみたいな感じでした(笑)。

広報スタッフ:行成さんは試合をするようになって勝ったりして、自分でやっていて楽しいとか、そういう気持ちは出てきたのですか。

行成:いや、楽しいとは思わなかったですね。ただ、メダルをもらったり、柔道着の色が上に上がったりした時はすごくうれしかったですね。それを目標みたいにやって、初めは神社の大会とか、道場内の試合とかに出てメダルをもらったり、そういうのがうれしくて続けていましたね。

佳央:そういうのがちっちゃな目標だったみたいな感じで、こいつのもらったトロフィーを借りて写真を撮ったり(笑)。小さい時はやっぱり、「メダルが欲しい」だの、帯の色が変わって、みんなが「いいなぁ」と言うのがよかったのでしょうね。うちの道場はそういう育て方がうまかったと思いますよ。

兼三:トロフィーをもらうんですが、それを置いて「俺のほうがこんなに大きい」とか比べたりね。トロフィーの高さが違うんですよ。「次は俺が大きいやつをもらってやろう」とか、そういう感じで(笑)。

佳央:そういうところが兄弟でやってよかったところですよね。1人でやっていたら比べられないけれども、3人いるから「俺のほうがメダルの数を持っている」とか、「賞状が多い」とか、「でかい大会で勝ったからトロフィーがでかい」とか、今思えばくだらないことですが、兄弟でやっていたから競い合ってやめずにやってこられたのかなと。

広報スタッフ:兼三さんはどうでしたか。初めて見た時は幼稚園だったということですけれども、自分でやるようになって、柔道に対する気持ちは。

兼三:試合でもそんなに成績を出していないですし、最初は遊び感覚でやっていたぐらいですね。でも、大きくなるにつれて比較されますし、高校では強いと特待とか条件がついてくるということがあるので、やっぱり強くなって、条件がよくなるように頑張るという感じでしたね。

佳央:なぜそんなふうに思うかといったら、やっぱり家にお金がなかったから、親に苦労をかけたくないということは3人ともいつも思っていましたね。いい条件がなかったら高校にも行けたのかというと…3人ですからね。

兼三:年も近いですし、3人高校を出すというのは普通の家庭でさえ大変なことだし、まして大学なんて3人行こうと思ったら、「やっぱり強くなって費用がかからないようにやらないと」ということが前提になりますね。

広報スタッフ:そこまで考えていたのですか。

佳央:危機感がありましたね。だから小学校の頃から、試合で東京なんかに遠征すると金がかかるじゃないですか。みんなは「試合の後はディズニーランドで遊んで帰る」とか言っているのですが、こっちは大事な金を使って行っているから、3人とも結果を残して帰るんだという気持ちがありました。

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