選手インタビュー

鈴木大地さん 鈴木大地さん 競泳 1984年 ロサンゼルス,1988年 ソウル

(文:田坂友暁、写真:フォート・キシモト)

スポーツを通して何を届けるのか今だからこそ考えなければならない

鈴木大地さん

今、新型コロナウイルスの世界的なパンデミックが起こり、世界中が混乱と悲しみの中にあります。そんな中でスポーツに取り組めることは、心から感謝するべきことだと思います。

2021年に延期された東京2020大会についてどう思うか、という世論調査の結果を見ると、3分の1は開催、3分の1は再延期、3分の1は中止、と意見が分かれます。

何よりもまずは新型コロナウイルスが収束することが大切ですが、同時に、世界中のアスリートたちが十分なトレーニングを積むことができる状況になった上で無事に開催を迎えたい。そういう気持ちです。

オリンピックを目指す選手たちというのは、人生をスポーツに懸けてきている人たちです。そういう人たちが真剣に、命を懸けて取り組んできたことの成果を試す場所があってほしい、それを作ってあげたい、ということを心から思っています。

選手以外の人たちにとってもオリンピックというのは、人生にとって非常に大きな影響を与えることもあると思います。運動するようになった、スポーツをするようになった、というだけではなく、子どもであれば本気でオリンピックに向けて取り組むようになったり、社会人であれば選手の活躍に刺激を受けて新しいことにチャレンジしたり。大げさかもしれませんが、オリンピックを見ることで人生が変わってしまう人もいると思います。

実際、私が金メダルを獲ったあとにも、当時はまだメールやSNSなんてありませんから、たくさんのお手紙やFAXをいただきました。それこそ、自宅、スイミングクラブ、大学とそれぞれたくさん届いたんじゃないでしょうか。

ひとつ一つ読ませていただく中で、とてもビックリしたことがあります。

当時私はあくまで自分のために金メダルを獲ろうと思って頑張っていました。でも、いただいた手紙のほとんどに、『ありがとうございました』と書いてあるんです。自分のためにやってきたことが、実際に自分以外の人たちを喜ばせることができる、と知ったときは、本当に驚きました。

自分がスポーツを見る、支える立場になった今であれば、そういった“スポーツの力”は十分に理解できます。でも選手だった自分はそんなことをひとつも考えていなかったですから、オリンピックにはすごい影響力があるんだな、と思ったことを覚えています。

そう考えれば、スポーツの価値、というものが、これからはもっと多様化してくるのではないでしょうか。だからこそ、今まさにオリンピックというものを考え直す時期なのかもしれません。

先に述べた通り、スポーツを見るだけで元気になることもあるわけで、オリンピックで活躍すること、メダルを獲ることだけではなく、その先のスポーツに何があるのか、という価値のバランスが求められていると思います。

金メダルをたくさん獲る選手は、もちろんそれはそれで素晴らしいことです。それだけの研鑽を積み、大舞台でその実力を発揮するだけの肉体的、精神的強さを持っているわけですから。そして、その姿を見て元気や勇気をもらう人たちもいます。それと同じく、今、世界中で注目されている池江璃花子さんという選手がいます。彼女はメダルを獲る獲らないに関わらず、自分から発信をしていくことで世の中を良い方向に導いてくれている。

簡単に言えば、世の中に対する社会貢献として還元できる方法はいくらでもあり、それが今、世の中からスポーツに対して求められていることではないでしょうか。スポーツを通して、人々に何を届けられるのかが問われていると実感しています。

今スポーツができることへの感謝を忘れない選手になってほしい

鈴木大地さん

様々な社会情勢はありますが、その中で来年、東京オリンピック・パラリンピックの開催を迎えるにあたり、私たちスポーツに携わる人間、そして選手は、スポーツをもう一段階崇高なものに押し上げるような良いチャンスだと考えて取り組んでいかなければならないと思います。

今、世界的に大変苦しい状況が続いています。そんな中でもし選手たちがメダルを獲ることができたなら、単純に「頑張りました! 応援ありがとうございました!」ではなく、自分が世界最高峰の舞台でスポーツができることへの感謝の気持ちを持てるような選手になってもらいたい。そういうものは、ちょっとした受け答えや行動に表れてくると思います。インタビューを聞いた多くの人たちが『ああ、あの選手はいろんなことを十分に理解した上で、日々練習に取り組み、努力して、素晴らしい結果を残したんだな』ということが伝わるような、オリンピアンの深みを見せてくれるような選手がたくさん出てくることを世間は期待しているでしょうし、私もそうあってほしいと願っています。

そういう意味で選手たちは、今までのオリンピック以上に、大きな期待と役割を背負うことになってしまうかもしれません。でも逆に考えれば、それだけ多くの人が注目をしている今だからこそ、スポーツの本当の良さや価値を伝えられるチャンスでもあるわけです。社会を変える良いきっかけになる。そんな期待を私はしています。とても楽しみですね。

あらためて、今は世界中のほとんどの人が予期していなかったことが起こっています。あとから振り返ったら、この時代はきっと忘れられない時代になるでしょう。そういう時代の中でスポーツがやれたこと、やれることというのは、本当にありがたいことです。苦しく、厳しい中ではありますが、あと1年選手たちには精一杯頑張ってもらいたい。

それから、1年延期になったことで単純な競技力だけではなく、どんな逆境にも負けない不屈の精神のような、選手としての精神力も求められた上でのオリンピック・パラリンピックになることでしょう。きっと選手にとっては、とてもタフな1年になると思います。先も見えないような予期せぬ時代です。ですが、そういう時代を乗り越えることができれば、新しいスポーツの価値を生み出すことが必ずできるはずだと思います。

きっと、これからそういう強さを持った選手たちがたくさん誕生するでしょうし、この世代の選手たちが、これからの新しいスポーツの歴史を作っていくと私は信じています。

~鈴木大地さん インタビュー 完~

鈴木大地さん
鈴木 大地(すずき だいち)
1967年千葉県生まれ。7歳から地元のスイミングスクールで水泳を始め、中学時代にその後引退まで指導を仰ぐ鈴木陽二氏と出会う。1984年、高校3年時にロサンゼルス大会100m、200m背泳ぎなどに出場。大学進学後の1987年ザグレブユニバーシアード大会の100m、200m背泳ぎで1位。翌年1988年ソウル大会の100m背泳ぎで、日本競泳陣16年ぶりとなる金メダルを獲得。1992年の4月に現役を引退。母校である順天堂大学で教鞭を取りながら、(公財)日本水泳連盟、日本オリンピアンズ協会会長をはじめ様々な要職を歴任。2015年初代スポーツ庁長官に就任後現在に至る。
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