選手インタビュー

猪谷千春さんインタビュー

猪谷千春さん 猪谷千春さん スキー(アルペン)1952年オスロ 1956年コルチナ・ダンペッツォ 1960年スコーバレー

【4:第三の人生 ~ IOC副会長として】
コスモポリタン:国籍を超えて

高橋:猪谷さんは国際的なキャリアをすごく持っていらっしゃって。

猪谷:どうだろね。

高橋:さっき二重面相っておっしゃいましたけど、今現在は国籍とかを意識されますか?日本人という意識は?

猪谷:この頃はもうあんまり考えておりませんね。もう僕にとっては国境もないし、当然宗教も何にも無いからね。

高橋:すると「コスモポリタン」という言葉がありますけれども、そういうコスモポリタンのアイデンティティを持っていらっしゃるということですね。

猪谷:そうそうそう。

高橋:それはやっぱりいろいろな異文化体験を通じてめばえるものでしょうか?日本人としてオリンピックに出られたり、あるいはアメリカに留学されたり、AIUにつとめられたり、…またいろんな国々の方と一緒にIOCでお仕事をされたりして…そういう様々な経験を通して自然に、コスモポリタンのアイデンティティというものが…。

猪谷:それはまた仕事をしている内容にもよるよね。今のIOCの場合には僕は日本の代表じゃないから、IOCの代表で日本にいるわけだから。

高橋:その点についてお伺いしたいんですが。第三の人生について。2005年7月9日にIOC副会長に当選されて、日本人では二人目ということですが。このIOCエグゼクティブボードを見ると会長がベルギーの方で、副会長がアメリカ、スエーデン、ギリシャ、日本の4人ということで、日本だけが非西欧諸国ですよね。今猪谷さんの私お話を伺って、私が考えていたのと違ったんですが。つまり私は猪谷さんは日本の代表、あるいはアジアの代表、あるいは非西欧諸国の代表としてIOCの副会長になられたというイメージがあったんです。そういう意味において猪谷さんの役目というのはすごく大きな役目があるんじゃないかなと思ったんですが。

猪谷:だからもっと大きい役目があるわけね、僕はね。要するにグローバルでみなきゃいけない。それプラスの当然日本人でもあるしアジア人でもあるし、スポーツの遅れてる、アジアでは特に遅れてるから、グローバルでありながらやはりアジア、日本にはできるだけパイプを使っていく、太いパイプを人との間に使って、そして、スポーツ運動を起こしていく。だから。

高橋:なるほど、そのグローバルのアイデンティティを持ちながら日本やアジアを見ていらっしゃるということですよね。

猪谷:そうです。も、見ていかなければならない。

高橋:そして当然日本、アジアだけではなくてもちろん西欧諸国に関しても目を配っていくということ。

猪谷:そうそう。うん。

2016年、日本のオリンピック招致の問題

高橋:ちょっと日本の話しになるんですが、2016年に東京にオリンピックを招致しようと石原都知事が進められていますけれども、1964年の東京オリンピックの時にはアジアで初めてであり、また戦後の日本の復興という意味があったと思います。現在、石原都知事は「成熟した国家社会を世界に顕示することが大事」というふうにおっしゃっていますが、猪谷さんにお聞きしたいのは、今、何故東京なのか、あるいは何を世界に伝えたいのかということです。そしてまた、石原都知事がおっしゃっている「現在の日本の姿」というのは一体日本のどういう姿を世界に見せていきたいのかということです。

猪谷:まあ、これオリンピック、特殊な世界だからその辺は徐々に軌道修正していかないといけないんだけれども。やっぱり一番大事なのは決してその日本の変わった社会を世界に誇示するんじゃなくて、要するに日本が世界平和の桧舞台を提供いたしますと、用意がありますと。やっぱりそういうその謙虚な気持ちでアプローチしていかないとこれは成功しないと思うね。うん。

高橋:東京でオリンピックを行なうことがどういうふうに世界に貢献できるのかという、その「貢献」という部分がすごく…私何も知らないのに偉そうなことを言って申し訳ないんですけど。

猪谷:いやー、大体それでいいの。

高橋:日本がオリンピック開催を通じてどういうことに貢献できるのかというのを前面に出していかないといけないんじゃないかなと思うのですが。

猪谷:そういうこと。今、オリンピック云々というともうオリンピック大会しか、が、まずみんなの脳裏に、真っ先に出てきてしまうんで、そして、オリンピック競技大会だけにフォーカスして行っているけれども、オリンピック大会というのはオリンピック運動の中で一つのオリンピック運動の目的を達成する手段にしか過ぎないのね。オリンピック大会が全てじゃないんですよね。つまり、オリンピックというのはスポーツを通じて世界中の若者たちの資質を高める、それは肉体的にもあるし、それからモラル的にもあるしね。そして健全な若者を作って、そしてその若者同士がスポーツを通して交流しあうことによって世界平和に寄与しようというのね。で、その極め付けが4年に1度オリンピック、旗の元に各国選手が集まってそこで日頃鍛えた技を競い合いながらお互いの理解を深めてね、そして友情を深めるという、それがまた世界平和に将来繋がっていく、繋げようということな訳よね。だから、要するにそういう桧舞台を、スポーツ選手にとっての桧舞台を東京は提供しますと。そしてその人達にやっぱり桧舞台は日頃の力を存分に出せるような素晴らしい施設でなければいけないし、また迎える側の人達も選手たちを暖かく迎えてあげて、本当に友好な場を作ってあげるということ、これが大事なわけよね。だから要するにもう少しそういうふうに細かく書いていかなければいけない。だから、これちょっと今、難しいらしいけれども、僕なんかには一番いいのはやっぱり広島辺りが立候補してくれればね、そしたらあそこは唯一被爆都市であるし。あそこはやはり世界の平和のためにね。この桧舞台を提供すると。世界に提供しましょうということになって、一番説得力があるんじゃないかなという気がするけれどもね。

高橋:そうですね。猪谷さんご自身は日本でオリンピックを行うということに関してはすごくポジティブな。

猪谷:ううん。それはもう是非やって欲しいと思いますよ。

高橋:時事通信が猪谷さんがIOCの副会長になられたということで五輪招致のための大きな力を得ることになったと書いていますけれども。実際に招致のPR活動をこれから進めていくのに際して、大きな力になっていくんでしょうね。

猪谷:ま、大きいかどうか分からないけれども。…果たして16年に立つことがいいことなのかどうなのかというようなことも僕は中枢にいれば分かるわけね。端的なことを言えばこれはもう関係者は知っているけれども、もしも2014年に冬のオリンピックが韓国に行くようなことがあったらば、2016年、冬、夏続けてアジアっていうのはちょっと、全くありえないことではないけれども、非常に難しいね。だから、そういうような情報をいち早く掴むことができる。例えばそんなようなことが、日本の候補都市に役に立つかどうかとかね。あれ、実際に立候補した時に世界のスポーツリーダーたちは日本の立候補都市に、まだ、これ、東京って決まったわけじゃないから、どういう感情を持っているか、そういうことはいち早く分かるでしょうね。

高橋:端的に猪谷さんが副会長になられたから、イコール直ぐに日本ということにはやっぱりならないですよね。

猪谷:日本が立つときにね。それはならない。

高橋:そんなに簡単な問題ではない。

猪谷:そりゃそんなような問題じゃない。

高橋:ただやっぱり、マイケル・ペインさんが新聞に書かれていて、日本はすごく売込みが苦手で、欧米的なPR戦略に欠けると強くおっしゃっていらしたんですけれども、猪谷さんがいらっしゃれば非常に国際感覚豊かでいらっしゃるから、PR戦略という意味では十分ではないかなというふうに思ったんですけど。

猪谷:うーん、まあ、居ないよりはいいかも知れないけど。ま、確かにね、日本で売り込むと同じような売込みじゃ世界では通じないよね。

高橋:そうですね。その辺がやっぱり海外での経験が無いとなかなか、日本みたいに奥ゆかしくしていたんでは。

猪谷:そうそうそうそう。うん。僕なんか今回形振り構わず立ったからね。

高橋:ああ、そうなんですか?自己PRを?

猪谷:ここから、もう自分のオフィスから100ヶ国ぐらい電話したんです。しかも、総会の始まる2週間ぐらい前に立候補するって決まったから。

高橋:そんなにぎりぎりで。

猪谷:他の人達はもう長いことキャンペーンしてきてるから。

高橋:そうですよね。すごい巻き返しですよね。スタート時点はすごく遅れていたわけだから、そこからダーッと行ったわけですから。

猪谷:だから、却って僕はそれがプラスになるかもしれないと思ったのね。もう1年もやってるとマンネリ化しちゃうからね。僕の場合にはもう2週間だから。ブワーッと。

高橋:(笑)すごい。じゃ、またそれで是非日本にオリンピックを。

猪谷:いやー。

高橋:呼んでください。

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