選手インタビュー

黒岩彰さんインタビュー

黒岩彰さん 黒岩彰さん スピードスケート 1984年サラエボ 1988年カルガリー

【まず、自分の目標を明確にすること】

広報スタッフ:2008年4月からスケートの現場へ戻られましたが、富士急さんとは何かつながりがあったんですか。

黒岩:僕は自分の会社を立ち上げていたのですが、1ヶ月ぐらいした頃、橋本聖子さんから依頼されたので受けました。

広報スタッフ:指導者としての現在の目標は何ですか。

黒岩:大前提は強い選手を作ること。僕は常に、昔から大学生を教えてきた中で、スケートが強くなる=人間性が高まる、つまり人間的成長っていうものはスケートが強くなるための大前提だよ、という話をよくしています。だから仕事もさせたい。会社のことも勉強してもらいたい。どういう会社の組織があって、どういう仕事をしながら収益をあげていて、その収益の中から自分たちがスケートをやらせてもらってるかという感謝の気持ちとかね。どの世界にいっても、感謝することとかそういう気持ちを忘れる人間は、強くなれないんです。そういう意味で、人間的成長の部分は強化していきたい、強調していきたいです。

広報スタッフ:では、もう少し広い視野で日本のスケート界や、スケート選手の次のオリンピックに向けての期待みたいなものはありますか。

黒岩:やっぱり男子の短距離かなという気がしますね。今から10年くらい前は、男女短・長距離がみんな上位を狙えるようなポジションにいたんですよね。みんなが低滞している間に、世界はどんどん伸びていっている。今はこの開きがあるというのが現状なのでね。長野までは長距離も世界のトップで戦っていたし、中距離も戦っていた。短距離はもちろん清水(宏保)や堀井がいて、女子も短長みんな世界の3位に上がれるくらいのポジションにいたわけだから。

広報スタッフ:では最後に、これはスケートに限りませんけれども、夏冬問わずオリンピックを目指すいろんな現役の選手たちに対して、アドバイスをお願いします。

黒岩:やっぱり自分の目標を明確にするっていうことですよね。自分は絶対入賞したいんだっていう人がいるかもしれないし、片手(5位)には入りたいんだっていう人もいるかもしれないし、メダルを取りたいっていう選手ももちろんいるだろう。そういう、自分の目標を明確にするということ。どういう意味で言ってたかはわからないけれども、「オリンピックを楽しみます」っていう言葉は、僕は好きじゃないんです。自分の目標を達成するためにやるべきことをやる、それを"楽しみ"というんであれば、問題ないと思うんですよ。でも、負けて帰ってきて、「自分なりに楽しんできました」っていうのは違うんじゃないかと思う。最高の、自分のやれる限りのことをやってこいと、僕は言いたいですね。オリンピックは最高のポジションで、最高に自分を鍛えられる場所だと思うから。

広報スタッフ:その舞台に立てる人間も限られているわけですし、素晴らしい場所ですからね。今日は本当にありがとうございました。

~黒岩彰さん インタビュー 完~
(インタビュアー:広報スタッフ)
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ゲストプロフィール

黒岩彰さん
黒岩 彰(くろいわ あきら)
1961年 9月6日 群馬県生まれ
第14回サラエボ冬季大会(1984)スピード・スケート男子500m、1000m出場。
第15回カルガリー冬季大会(1988)スピード・スケート男子500m 銅メダル、1000m出場。
現役引退後は、監督として後進の育成につとめた後、プロ野球・西武ライオンズの広報課長、運営部長、球団代表などを歴任。
2003年よりOAJ理事に就任。2008年4月1日付で、富士急行スケート部監督就任。
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