オリンピアンの人間力
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冨田洋之
冨田洋之さんインタビュー】 001 / 002 / 003 / 004 / 005 / 006

【グローバル化とスポーツマンシップ】

高橋: これから日本人もどんどん世界の人と関わっていかなければいけないし、例えばビジネスマンでも、いきなり社長や同僚が外国人になるとか、外国人の方と共生、共に生きていかなくてはいけない時代にあると思うんです。そういう意味で、真のスポーツマンシップと重なり合う点があるのではないかと思うんですけど。冨田さんが今回、オリンピックに出て世界の方と対等に戦ってみて、何か皆さんにメッセージを送るとしたら、どんなことですか?

冨田: 難しいですね。まあ、各国いろんな国があって、一つの体操という競技の中でやっているんですけど、その中でもいろんな技があって、それぞれ個性のすごい表れる競技なんで、それぞれ国が違ってもすごい尊敬できる部分ですとか、目標になる部分が色々あるんで、それはすごく見ていて面白いですし、勉強にもなると思います。

高橋: 実際にシェルボ選手が目標であったわけですものね。それ以上の他の選手っていうのはいないですか。

冨田: 演技全体のバランスとかこなしっていうのはシェルボ選手が目標になっているんですけど。その他にもいろんな捌き方もあるんで、筋力的なものもありますし、まあ、すごい勉強になる人はたくさんいます。

鈴木: 金メダルを団体で取った時に、テレビで外国の選手を映していたわけですよ。そしたら、外国の選手に拍手をね。その後何か話しをしたり、「いやー、よくやったな!」みたいな交流ありました?

冨田: その次の日ぐらいにやっぱりみんな握手を求めてきてくれて、すごい良かったっていうふうな感じで言ってくれたので。

高橋: そういうのは良いですね。

鈴木: 良いね。そういうプレッシャーかかるの分かるしね。それでやったっていう、認めていたんだろうね。


もしアテネに行かなかったら・・・

阿部: 最後に。オリンピックに出て、一つの結果が出て、仮にアテネに出ていなかった冨田さんが今居るとしたら、それって自分にとって大きな違いだと思いますか。

冨田: 全然大きいですね。

阿部: それは、例えば競技者としての違いもあるだろうし、あと、冨田洋之という一人の人間としても大きな違いがあったんじゃないのかなって想像するんですけど、その辺ってご自分で感じるところはありますか?

冨田: 自分自身、アテネが終わって変わりなく練習をしているんですけど、周りの見る目っていうのがすごい変わってるんで、その注目されるとやっぱり頑張らないと、っていう気持ちにもなるので、まあ、そこでプラスにもなりますし。やっぱりあそこの経験がすごい自信にもなっているんで。国際大会に出るにあたって、あそこでの演技というのがすごいプラスになって今後やっていけると思うんで、やっぱり全然違うと思います。

阿部: やっぱり生きる力になっているということなんですかね。

冨田: はい。

高橋: もう演技だけじゃなくて、多少のことは怖くないっていう感じはありますか?やっぱり、一度オリンピックに出て、自信をつけた冨田さんというのは、もちろん演技に対する自信もそうですけど。一人の人間としても・・・

冨田: ま、あれだけ努力して、しっかり結果を残せたんで、これからも努力していけばやっていけるっていうような感じもありますね。

高橋: どんなことでもやっていけるっていう感じは。

冨田: はい。

高橋: やっぱりありますよね。きっとね。一つのことでそれだけ極められると、どんなことがあってもやっていけるというのは、たぶん自ずと自信が湧いて出てくると思うんですけど。

鈴木: 逆に怖くなっちゃったこと無いですか?

冨田: 怖くなったことですか。

鈴木: ちょっと演技で、下手な演技できないみたいな、恥ずかしくない演技ってあったんですけど。

冨田: そうですね、やっぱり注目されてて、少しでも悪い成績が出てしまうと、って思う時はありますね。

高橋: また新たなプレッシャーになる。

冨田: 今までと違ったプレッシャーは少しはあります。でもやっぱり自分のやりたい演技をやるっていうのが強いんで、そこまで気にはならないですけど。

高橋: 今日はどうもありがとうございました。

 

~冨田洋之選手インタビュー 完~
( 編集&注釈 高橋利枝)

■ゲストプロフィール
冨田洋之
【冨田洋之選手プロフィール】

1980年(昭和55年)11月21日生まれ(24歳)。大阪府出身。マック体操クラブ-洛南高校-順天堂大学-セントラルスポーツ(順天堂大学大学院)。8歳の時、母親の勧めで体操を始める。インターハイ2連覇。特に1998年は高校選抜、インターハイ、全日本ジュニアの3冠達成し、ジュニアのトップに登りつめる。その後、2001年全日本で初の個人タイトルを獲得後、2002年NHK杯、2002年全日本、そして2003年NHK杯でトップの座を確保し、日本のエースとしての地位を築く。2004年アテネオリンピックでは、団体で金メダル、種目別平行棒で銀メダルを獲得した。
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