オリンピアンの人間力
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【 冨田洋之さんインタビュー】 001 / 002 / 003 / 004 / 005 / 006

アテネオリンピックでのプレッシャー

高橋: アテネオリンピックでは団体戦で金メダルをとられましたが、個人戦と団体戦というのは冨田さんの中で違いはありますか?

冨田: 一番大きなのは責任感。

高橋: 責任感。

冨田: はい。個人だとやっぱり失敗して一番嫌な思いをするのは自分だけ。チームになるとみんなに迷惑をかけて、みんな嫌な思いをするっていう、そういう思いはできるだけしたくないなっていう、そんな感じではいますけど。

高橋: そうすると、あの時一番最後だったでしょう。プレッシャーというのはすごかったんじゃないですか。

冨田: そうですね。やっぱり少し点差が開いてて、楽な状況になったとは思うんですけど、やっぱりあの場に立ってみると全然すごいプレッシャーというのは感じました。

高橋: 心臓とかドキドキしましたか?

冨田: はい。

高橋: やっぱり手とか足とか震えたりする?そういう緊張というのは無いのかな?

冨田: そうですね。まあ、前の鹿島の演技が終わって自分の番となった時は大分落ち着いていけましたけど。

高橋: そうなんですか。その時にはもうずいぶん落ち着いてたんですか?

冨田: はい。入場して、選手席に座っている時ぐらいが一番緊張しました。

鈴木: 鹿島さんの演技が終わって。まあ、いい演技したじゃない。点数ちょっと離れたとか、そんなことも計算して、あ、これはちょっと失敗しても平気かなっていうぐらいは?

冨田: 多少は。すごい楽にはなりました。

鈴木: ほほう。もう計算直ぐできちゃうんだ。

冨田: 大体の感じでは。まあ、自分の演技をすれば、細かいことを考えずに、自分の演技を失敗さえしなければ、勝てるとは思ってました。

高橋: そのプレッシャーに対して勝つということは、普段の練習から本番のようにプレッシャーをかけてやってるから、そういう時に平常心が保てるのかしら?

冨田: まあ、試合、練習の段階でも、最後の演技者になるっていうのは大体わかってたので。まあ、想定して。試合を想定して行う試技会というのがあって、その場でも僕が最後の演技者だったので、そういう状況になることを考えながらいつもの練習はしてました。

高橋: イメージトレーニングをされていたんですか?

冨田: そうです。

高橋: 金メダルっていうイメージトレーニングはあったんですか?

冨田: あまり金メダル、金メダルって考えずに、まあ、その自分の演技をどれだけ完璧にできるかを考えて、どんな状況でも。それを考えてましたけど。

高橋: じゃ、実際にそのアテネオリンピックで最後に演技をされた時もあまり金メダルっていうのは意識してなかった?

冨田: 大体分かってたんですけど…考えずに演技を。自分の演技っていうのを。

高橋: 自分に言い聞かせて。

冨田: はい。

高橋: 例えば「人」という字を三回書いて呑みこんだりとか、何かおまじないのようなことはしましたか?いつも演技の前に決まってやるといいというような。

冨田: 深呼吸をして会場全体を見回したりっていうのはいつも試合でやってることで。それをやると大分落ち着いて。

高橋: あ、そうなんですか?

冨田: はい。

高橋: 例えばサッカーなんかだとサポーターの役割ってすごく大きいと思うんですよね。で、体操の場合はどうなのかしら。その会場を見回した時に日本の応援、日本からわざわざ来て応援してくれている人たちがいるのは視野に入ってましたか?

冨田: まあ、ぼんやりとなんですけど。入って来ますし、声も・・。

高橋: あ、聞こえて来る?

冨田: 聞こえてくるっていうか入ってくる。

高橋: それは自分の力になります?

冨田: そうですね。なりますね。演技中も離れ業を持った瞬間すごい歓声が上がって。それで僕自身すごい鳥肌が立って。

高橋: ああ、じゃ、やっぱりそういう声援とか応援っていうのは選手にすごく響いてくる。

冨田: はい。その声援があって、まあ、点差が少し開いていたんで着地一歩で抑えればという気持ちがあったんですけど、その歓声を聞いてもう止めようっていう、着地をしっかり止めようっていうような気持ちにはなりました。


アテネオリンピックでの偶然性と感動

大山哲夫: ちょっといいですか。(日本オリンピアンズ協会事務局長)

高橋: はい。どうぞ。

大山: 僕はあの時会場にいたんですけどね。今の話を聞いてて、つい、本当はオブザーバーだから喋っちゃいけないんだけど。

高橋: どうぞ、どうぞ参加して下さい。

大山: すごい舞台が整っちゃったよね。スタートした時、最下位っていうかね。で、徐々に上がっていって、見てると。我々、冨田さん覚えているかどうか知らないけど、鉄棒の横にいたのね。うちの早田理事長なんかも。と、目の前でもって他の国の選手は落っこっちゃったりするじゃないですか。皆さん、向こうから見て、こっち見てとか、点数見たりして。で、普通、競技大会っていろんな偶然性があると思うんだけど、アテネってものすごく偶然性の塊で、あそこの場所で決まったっていうのはものすごくシンボリックなのね、横で見てて。今回16個の金メダルのところに、全部立ち会ったんですけど、体操団体の時が一番泣けちゃったんですよ。大会のかなり前半なのに。その後も、もちろん感動したけど、あの時って始めは駄目だ、駄目だっていう形でスタートしてて。でも、こういうのって偶然だと思わない。例えば、こっちの点が良くなると相手が落っこっちゃったりとかね。始めは良いんだけど、途中で落っこっちゃったりっていうのがあるはずなのに、何故かあの体操団体に関しては、こうやって右肩上がりに上がっていって、もう最高潮に達した所でもって、しかも我々が応援している目の前の鉄棒でもって、君がパンって決めた時にはみんな泣いてたんだから。だけど、それはやっぱり舞台が整っちゃった。偶然性かなと思うんだけど。でも、そこにいて演技をしたあなたに懸かっていたって本当に思うわけ。プレッシャーだったと思う。何かあなたが淡々と話しているのを聞いて、つい喋りたくなっちゃって。ごめんなさいね。

高橋: いえいえ。

大山: でも、そういう偶然性って感じてたかな?それともどうでした?他の大会、アナハイムだとか全部ああいうところの会場で見てるんだけど。だけど、今回って本当に舞台が整ったじゃないですか。

冨田: 僕自身もその団体の決勝の日っていうのはすごい、体調的にもすごい良くて、今まで無いくらい調子が良かったんです。もう全然自分の力を発揮できるだろうっていうものを試合までの練習でも感じてました。それはすごい不思議な感じはありましたね。

大山: いや、ありがとう。

鈴木: 本当に大山さんの言われたところにこう、国民もやっぱりドラマを感じて。

大山: そう、ドラマを感じてね。

鈴木: その1億6千万、何万ヒットだとか。ホームページのね、その時が一番すごかったってね。それはやっぱりみんな感じてるところなんでしょうね。

大山: 丁度、日の丸が揚がった時に、ピッピッピッピ、ポンっとフラッグの時計がゼロという、零時になった。日の丸、君が代がかかった時、覚えているかな?君がこう昇っていったら零時だったわけ、夜中の(笑)。そういうのも何かほら、劇的なものが全部集約しちゃったような気がするんだな。だから、そこに居られたことは本当に僕は幸せだったと思っているし。選手と応援が一体化したみたいな。それまでは不埒なことを考えていたわけ。目の前が鉄棒だから、アメリカが落っこっちゃえとかね。まだまだか、落っこちろーとか言って(笑)。でも、最後はそういうのは無かったね、みんなもう。

高橋: 特に体操競技の方って、なかなか感情を表に出さないじゃないですか。でも、思わずガッツポーズを着地された時にとってしまったことが、日本でテレビを見ている人たちにすごく感動を与えたと思うんです。・・・ご自分ではそんなに大きくガッツポーズをとったつもりじゃ無かったらしいですよね

冨田: そう。ま、あんなに大きくやっているとは思わなかったですね。全然何をやっているかも分からなかった。

高橋: あ、そうなんですか。もう着地を決めた瞬間にやったーっていう感じかな。

冨田: はい。

高橋: でも、その素直な感じを出されたことで応援している人々の感動をもたらしたし、何か本当にやったーっていう感じが伝わってきたし。・・・後で、そのガッツポーズをとったことについて何か言われましたか?

冨田: 結構みんな真似したり。真似はされましたし。小さい子が真似をしていたり。

鈴木: さすが、鉄棒は真似できないよね(笑)。

高橋: (笑)そうそうそう。それは真似しようと思っても…


金メダルの大きさ

高橋: オリンピックに実際に参加してみて何か気づいたことはありますか。

冨田: やっぱり世界選手権とかと比べて、世界的にも日本中の人々の注目度は全然違うし、マスコミの多さっていうのもすごくビックリました。今まではあんまり多くなかったので。オリンピックの時はもう試技会の時に50人ぐらい体育館に来て、異様な雰囲気の中で試技会やったりしたんで。それが何か逆にプレッシャーの練習みたいな感じになって。

高橋: じゃ、かえって良かった。

冨田: 良かったのかなと思う。

高橋: オリンピックで金メダルを取る前と取ってからではマスコミの取り扱い方は違いますか?

冨田: そうですね。マスコミもそうなんですけど、やっぱり体操を見てくれる、初めて見て、会場に足を運んでくれる人がすごい増えたっていうのがやっぱり一番大きいですね。

高橋: アテネにいた時は、日本の情報が知りたいとか、日本に居る友達と連絡を取りたいとか、そういうのはありましたか?

冨田: 向こうに行ってからはパソコンがあったんでインターネットを見に行ったりだとか。

高橋: 例えば日本にいるファンの人がメールでメッセージを送ったりとか?

冨田: そういうのはあんまり。その頃はあんまり注目されてなかったですから。終わってからです。

高橋: 終わってから一杯来る。じゃ、もう全然違う。

冨田: はい。

高橋: 全く変わってしまったっていう感じですか。

冨田: そうですね。何通か試合前に頑張ってっていうファンのメールが来てたのを森泉さんがプリントアウトして選手に配っていたんですけど。団体決勝が終わった日っていうのはすごく多くて。もうプリントアウトが間に合わなくなって。

高橋: 終わってからはマスコミの取材もかなり増えましたよね。

冨田: そうですね。

高橋: テレビ番組への出演依頼も多くなってきて。

冨田: はい。

高橋: オリンピック期間中はどのように過ごしましたか?

冨田: そうですね。選手が固まって1つの部屋だったんで。もうずっと一緒に居て。

高橋: 1つの部屋だったんですか。

冨田: 1つの部屋というか3LDK。

高橋: そこに選手6人がみんなずっと一緒に、いらしたんですか?

冨田: はい。…テレビを見ていたりだとか。結構リビングの所にみんな居ましたけどね。

高橋: テレビっていうのは日本のテレビですか。

冨田: いや、向こうの。

高橋: 向こうのテレビ。衛星放送とかは?

冨田: あ、NHKだけあったんですよ。でも期間中はほとんどもうスポーツ競技をずっとやっているんで、それを見てました。

高橋: 日本でどういう風に自分たちが報道されているかは分かりましたか?

冨田: 森泉コーチから日本はすごいことになっているっていうのを聞いたぐらいで、もう全然分からなくて。

高橋: じゃ、成田に着いて、初めて本当にすごいことになっているんだって。

冨田: はい。もうそこで一番実感しましたね。

高橋: 取材陣が殺到して。

冨田: はい。

 

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