オリンピアンは、オリンピックへの過程、本番、そしてその後と、3度にわたって“オリンピック”に向き合います。そこからオリンピアンが得た経験や知見、そしてその根底にある人生哲学について、OAJの目的であるスポーツを通じた「世界平和」「国際友好親善」、そして、「スポーツの振興」という切り口からお話を伺い、その中から冨田さんだけが持つ「人間力(ちから)」に迫ります。 インタビュアー:高橋利枝氏
(順天堂大学講師・社会学博士)
【活発な少年時代】
高橋: 今日は冨田さんのこれまでの人生の軌跡を一緒に辿って行きたいと思います。よろしくお願いします。まず、冨田さんは、1980年11月21日生まれで、今25歳ですね。体操を始められたきっかけは、8歳の時にお母様に勧められて、マック体操クラブに入られたそうですが、その頃を思い出していただいて…どんなお子さんでしたか?
冨田: 休み時間とかでも、幼稚園の頃から鉄棒とかで遊んでいたりしてましたね。
高橋: 幼稚園の時から鉄棒を?もう逆上がりとか前回りとかできちゃったんですか?
冨田: はい。
高橋: じゃ、すごく活発な。
冨田: そうですね。結構もう休み時間になったら一番先に外に出るような。
高橋: それは小学校も中学校もそういう感じで。
冨田: そうですね。はい。
高橋: 子供の頃は何をするのが一番楽しかったですか?
冨田: 何をするって身体を動かすことが好きで。ボールで遊ぶのも、鉄棒とか跳び箱飛ぶのも好きで、何でもやってました。
高橋: 球技よりも鉄棒とか跳び箱のほうが好きだったんですか?
冨田: いや、球技も好きでしたよ。
高橋: サッカーとか野球とか。
冨田: はい。
高橋: お兄様が野球をされていて、妹さんがバレーボールを。
冨田: はい。
高橋: スポーツ一家だったんですね。
冨田: そうですね。
高橋: 週末は家族みんなでスポーツしたりとか。
冨田: いや、もう、体操を始めてからは、日曜日も練習でしたから。
高橋: 学校の授業以外はマック体操クラブにずっと行っていたんですか?
冨田: そうです。
高橋: そうすると、お家に帰ってくるのは結構夜遅くになってしまう。大体何時ごろか覚えていますか?
冨田: 9時過ぎで終わりました。
高橋: え、学校が終わってそのまま体操クラブに行って…お夕飯はどうするんですか?
冨田: そのまま行って、帰って。9時過ぎぐらいに。
高橋: ご飯を食べる。
冨田: そうです。もう帰ってご飯食べてお風呂に入って寝るっていう感じでしたね。
高橋: じゃ、あんまりテレビとかは見ませんでした?
冨田: 見れる時は見てたんですけど。
高橋: 何か好きな番組はありました?
冨田: アニメとかは、「ドラゴンボール」(※1)とか。
高橋: 今の小学生は、テレビゲームをやってたりするんですけど、ゲームはまだ無かったですよね。
冨田: ゲーム。そうですね。小学校の頃とかはあんまりやってなかったと思うんです。
高橋: 中学では?
冨田: 中学の時に少しやってたんですけど、時間があんまりなかったんで。
高橋: そうするとやっぱり生活の中心は体操ということかな。
冨田: そうです。はい。
鈴木大地: 幼稚園から鉄棒をやるのってあまり聞かなかったんですけど、やっぱりその時から上手かったんでしょう。先生から「上手いね~」とか。(日本オリンピアンズ協会理事・広報委員長 / 1998年ソウルオリンピック水泳金メダリスト)
冨田: そう。まあ、言われていたんですけど。あまり考えずにやっていたんで、どれだけすごいのかも分からなかったですね。…跳び箱が一番燃えてて、だんだん段を上げていって、で、僕が最後まで残っていたんで。
高橋: その時から一番だったんですね。今お話を伺っているだけでも小学校の時からほとんどの時間を体操に専念されていると思うんですけど、何か他にやりたいことはありませんでしたか?
冨田: やりたいことはやっぱり、兄が野球をやっていたりして、友達でも野球をやっている友達が多かったんで、野球はやりたいなと思ったりしたことはあったんですけど。体操を止めてっていう風な考えにはならないで、体操と野球を両立できるかなって考えたりしたことはあります。
高橋: 結論としてやっぱり両立はできない。
冨田: はい、結構厳しいなと思って
※1=養老孟司氏が人生の意味が詰まっていると感銘を受けた漫画。養老氏は日本テレビ「世界一受けたい授業」の中で「最近の漫画の中で「修行」をして成長していくというのを描いている漫画は少ないです。体を使って、くり返しくり返しああやって壁を乗り越えていくという生き方を描いているという意味では、面白いと思います。「修行」というのは最近人気がないです…」と述べている。ストイックに自分の技を追求する冨田選手の姿は、幼い頃見たこのアニメの主人公と重なり合う。










