選手インタビュー

小掛照二さんインタビュー

小掛照二さん 小掛照二さん 陸上(三段跳び) 1956年メルボルン

【“僕のすべて”であるオリンピックへの想い】

高橋:先ほど昭和39年の東京オリンピックのお話しがあったのですが、戦後日本の復興と昭和の象徴という当時の意義と、今、2016年に東京オリンピックを開催しようという意義は随分違うのではないかと思うのですけれども、その辺をお伺いしてもよろしいですか。

小掛:僕は、今度はスポーツ界がもう一回大きな目標を目指して、長期計画で選手をつくる大きなチャンスではないかと思うのです。夢や感動を与えてくれるスポーツの素晴らしさを、もう一回国民の皆さんに知ってもらおうと。僕は、今の日本のスポーツの環境は決していいと思いません。特に選手を育てる環境としてはね。やはり大きな高い目標ができればそれを目指して、日本のスポーツの力がもう一回そこへ集中して、みんなでやろうということで国民とスポーツ界が一つになる…これがオリンピックではないかなと思うのです。そういう意味で僕は、何としても勝ち取らなければいけないと思います。このままではなかなか…やっとナショナルトレーニングセンターができたけれども、あれで満足していたらとんでもないですよ。まだまだです。

高橋:まだまだ世界のレベルではない。

小掛:そうそう。やっと、という状況ですからね。やはり大きくスポーツ界を強化して、みなさんに理解していただくには、この東京オリンピックを絶対に勝ち取らなければいけない。特にその中で僕はいつも「メインは陸上だよ。だから陸上が頑張らなければ、オリンピックでいくつメダルを取るとかということの評価が薄くなる。マラソンの野口が優勝し、室伏が優勝して初めて皆さんに評価していただけるのだよ」ということを言ってきているのですが、陸上界も去年のアジア大会で5個でしょう。アジアで5個ですよ。こんなことを繰り返していたら、厳しいですね。

高橋:だめですか。

小掛:はい。だから、甘くないよ、と。

高橋:世界陸上とオリンピックというのは全然違うものですか。

小掛:戦うのは同じですが、国民の注目度や評価が全然違いますね。それとやはり選手も、世界陸上も大事ですが、やはり4年に1回のオリンピックは違います。

高橋:違いというのは何ですか。小掛さんご自身が選手としてお出になった、あるいはそのあと指導者として10回以上オリンピックに行かれて、こんなに携わっていらっしゃるかたはほかにいらっしゃらないと思うのですけれども。

小掛:僕はアジア大会、それから世界陸上、オリンピックも10回でしょう。これはいないですよ。それだけ僕は強化に集中させていただいたということですね。強化担当が長くないと、こんなチャンスはないです。

高橋:小掛さんにとって「オリンピックは何ですか」と聞かれたら、何とお答えになりますか。

小掛:もう「僕のすべて」「陸上人生」ということになるのではないでしょうかね。僕は広島の山の中の農家で終わるはずだった人間ですからね(笑)。最初は東京へ出ていきたいというのが夢だったのです。それが、ある意味で世界に行ってきたし、世界記録も出せるようになったし、また自分の夢を果たそうということで選手づくりもしてきた。陸上のコーチの皆さんが指導する選手とオリンピックを目指すのと、僕は違っていましたから。

高橋:どういうふうに違うのですか。

小掛:僕は、自分の夢がオリンピックで優勝する選手をつくるということでした。入賞ではなく、です。僕は優勝候補に挙げられたし、ケガしていなかったら…オリンピックに行けば勝てるという自信もありましたしね。それが、不注意から夢が果たせなかったので。柔ちゃん(谷亮子・柔道)とかいろいろなチャンピオンを日本選手団として戦ってきた中で見ていますけど、やはりオリンピックの優勝というのは素晴らしいですよ。ですから、オリンピックで勝つというのは大変なことですよね。

高橋:「オリンピックを何のために戦いますか」と聞かれたら、どうお答えになりますか。

小掛:やっぱり、頑張ってきた自分の最後の夢はオリンピックだと思います。ただ、自分だけの力では果たせないですよ。みんながいろいろな意味でサポートしてくれているわけです。今はすごいではないですか、一人に何人もついての強化でね。

高橋:チームになっていますね。

小掛:僕の当時は、そんなものはないですよ。

高橋:一人で行って来いと言われるぐらい(笑)。

小掛:一人で戦え、ですからね。今はスタンドから指示があったりしますが、僕はあの場に出たら、自分だけで戦わせなければいけないと思いますね。最後は、自分だけで戦ってこなければいけないと思います。

高橋:でもやはり、「君が代」が流れたり日の丸が揚がるというのは感動ですよね。

小掛:オリンピックの表彰台で「君が代」を聞かせてくれる選手はわずかで、選手自身も感動するでしょうけれども、やはりあれを目指して戦ってきた僕らにとっては、どの競技でも「ああ、いいな」と思いますね。これが本当にスポーツだな、というね。また海外で聞く「君が代」がいいのですよ(笑)。僕はオリンピックではないけれども、レスリングの笹原(正三)さんが僕らも一緒に参加していた大きな国際大会で優勝されて、「君が代」を初めて聞いたのです。あれはポーランドだったですからワルシャワで聞いたのですが、「ああ、いいな」と思いましたね。僕はまだそのレベルまでいっていませんでしたから、「将来はあれを聞きたい。あれを目標にして頑張らなければいかん」という気持ちを持ちました。ですから子供たちにも、そういう場を何回も見せなければいけないですよ。「よし、俺もやってみよう」とか、「うちの子供にもやらせよう」とか思ってもらえるような機会をね。それには、日本選手がそういう活躍をすることが大事ではないですか。

高橋:よく小掛さんは「世界に通用する日本人選手を育てる」とおっしゃいますが、随分変わってきたのではないですか。日本も随分国際化してきているし、日本人選手も、多分昔だったら大きな外国人を見るだけで萎縮してしまったりするところがあったと思うのですが。

小掛:今は本当に、各種目で世界選手権とかアジア大会などがあるし、国際大会が多いでしょう。だから、緊張というのはないのではないですか。だけどオリンピックの雰囲気というのはまた独特ですから、「こんなはずではなかった」というのがオリンピックです。オリンピックは何が起こるか分からないというのは、4年に1回のオリンピックということで、スポーツの選手がみんな目指すのはそこですからね。

高橋:なるほど、いくら外国人の選手に慣れても「オリンピック」が特別だから…。

小掛:ええ。ですからそこで緊張せずに戦うには、それまでの過程といいますか、努力といいますかね。これなら勝てるというものを残さなければいけない。それには、練習量ではないですか。雰囲気の違うオリンピックで同じようにリラックスして戦うというのは、大変だと思いますね。特に、国民の目もマスメディアもオリンピックに向いていますし。

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